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夜の命照らす月

詩人 四方健二

タイトル「読むミルク」

 その日目覚めたのは、いつもより少し早めの午前4時半。窓のブラインドを開けてもらうと、夜明け前の真っ暗な空に月が出ていた。何の変哲もない月ではあったが、その月が私にはうれしかった。

 夜ごとその姿を見せる月。気象などに左右されることがあるとしても、見上げる夜空にはいつも月がある。夜が来るたびに、人は、世界は月明かりに照らされている。それは至極自然なことであり、多くの人が当然なこととしてとらえていることだろう。

 月を見上げながら物思いに耽(ふけ)る。そうしたことがあなたにもあるのではないだろうか。月は最も身近な天体であり、誰にとってもなじみ深いものだ。「お月様」と親しみを込めて呼ぶことや、月にまつわるおとぎ話が多数あることも、それを物語っているように思う。

 私は寝たきりの生活を送っている。ましてや、入院患者の身だ。日が暮れると病室のブラインドは閉じられ、外へ出るなどもってのほか。私の日常に、夜空を眺める機会はない。

 私にとって、夜は重い時だ。幾つもの闇が私に死を語りかけてくる。形作られていく恐怖。暗黒に飲み込まれる妄想に、戦慄(せんりつ)を覚えることさえある。しかし、あの日見つめた月、夜はそれらとは正反対のものだった。

 夜明け前の深い夜。そこに巣食う暗黒はなく、月明かりの下、世界は蒼(あお)と銀色に縁取られていた。浮かび上がったシルエットは木立のもの。たおやかな煌(きら)めきは、昼とは違う美しさを持っていた。

 眠りを憩う命は熱を生み、安らかな鼓動を内に抱いている。夜は死ではないのだ。闇の中でも命は灯(とも)り、途切れることのない命の輪は、そこにあり続ける。

 ひさしぶりに眺めた月は、清楚(せいそ)な容姿で、穏やかな光を差し伸べてくれた。その有り様、斑紋さえもが新鮮で美しく、私は眠気も忘れて魅了されていた。

2009年1月21日  読売新聞)
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