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犀星と芥川 熱い友情
芥川が犀星に贈った記念館で展示中の「支那游記」。右側に犀星の署名が記されている(県立図書館蔵)
署名本2冊 初の展示◆芥川が贈った「支那游記」「湖南の扇」 室生犀星記念館(金沢市千日町)で芥川龍之介(1892〜1927年)から室生犀星に宛てた署名本が公開されている。2人の交友を示す数少ない資料で、芥川生誕120年、犀星没後50年を記念し、同館では初の展示となった。 ■図書館に寄贈 芥川は犀星より3歳年下だが、犀星が第一詩集「愛の詩集」を発表するより早く、「羅生門」(1915年)、「鼻」(16年)などで新進気鋭の作家として注目を浴びていた。18年1月にある会合で言葉を交わして以来、2人の交流が始まった。24年8月には軽井沢で同じ旅館に宿泊するなど友情を深め、執筆の面でも古典に取材した芥川の作風が、犀星に影響を与えている。 27年7月24日に芥川が自殺すると、犀星はすぐにしのぶ文章を執筆し、同27日には「読売新聞」に掲載された。芥川賞が35年に創設されると選考委員となり、42年まで務めた。 今回の展示では芥川が犀星に贈った署名入りの著書「支那游記」「湖南の扇」の2冊が展示されている。犀星は32年に金沢から東京に転居したが、その際に蔵書のほとんどを古書店に売り払ったり、知人に譲ったりしていた。この2冊のサイン本は、県立図書館に寄贈された数少ない蔵書で、裏表紙には犀星の署名で「図書館に献ず 犀」と記されている。 ■7月上旬まで 同館の嶋田亜砂子学芸員は「2人の友情とともに、犀星が芥川を後世に残すべき作家だと強く思っていたことがうかがえる」と話している。 展示は7月上旬までの予定。芥川から犀星に宛てた書簡なども展示している。 入館料は一般300円、65歳以上200円、高校生以下無料。問い合わせは同館(076・245・1108)まで。 (2012年5月14日 読売新聞)
第2回室生犀星文学賞 作品募集金沢市生まれの詩人・小説家、室生犀星の没後50年を記念して、読売新聞北陸支社が創設した文学賞。今月から、第2回の作品を募集します。受賞作1点に正賞の九谷焼文鎮と賞金50万円を贈ります。
【主催】読売新聞北陸支社 【共催】金城学園 【後援】石川県、金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、報知新聞社 【協賛】北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット、福光屋 (2012年5月2日 読売新聞)
没後50年 犀星リバイバル復刊、映像化、文学賞…
「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」などの詩が今も愛唱される詩人で小説家の室生犀星(1889〜1962)が今年没後50年となり、注目されている。 不義の子に生まれ、生後すぐ生母と生き別れた犀星は、恵まれない女性、小動物など弱きものに視座を向けた文学をつくった。戦後、文壇から遠ざかったが1955年、『随筆女ひと』がベストセラーになり、復活する。金沢市の室生犀星記念館で開催中の企画展「終の輝き〜われはうたへども」(6月17日まで)は、読売文学賞を受けた『杏(あんず)っ子』、『我が愛する詩人の伝記』を中心に、晩年の活躍と終焉(しゅうえん)を紹介する。『随筆女ひと』の生原稿には、「女記」「閃めく人」「えもいわれざる」「閃めく女びと」「最初の最後の人」など題名が何度も書いては消され、「女ひと」に決まる経緯がわかる。「楽なものは一枚でも書いてはならぬ」と自戒していた作家の姿勢が強烈に伝わる。 51回目の命日に当たる3月26日には、犀星文学アルバム『切なき思ひを愛す』(菁柿堂(せいしどう))=写真=が発行され、第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催)の表彰式が、犀星の育った金沢市の犀川べりの雨宝院で行われた。作家の知名度もあり、全国から925編が集まった。 これまであまり光の当たらなかった作品の復刊や映像化も近年の傾向だ。老作家と女性編集者の交流を描く犀星原作の「火の魚」が3年前、テレビドラマ化された。実体験をもとに、早世した愛児との死後の交流を描く「童子」「後の日の童子」は4年前、ちくま文庫『室生犀星集 童子――文豪怪談傑作選』に収録され、これも「後の日」としてドラマ化された。 犀星は芥川龍之介と親交が深く、関東大震災の体験記を残す時代の証言者でもあった。この側面を伝える作品集『深夜の人・結婚者の手記』(講談社文芸文庫)も最近出版された。 金沢市内の講演会で3月25日、歌人の岡野弘彦さんは、師の折口信夫と親交のあった犀星の思い出を語った。「口数は少なく、ちょっととっつきにくかったけれど、言葉と言葉がぴたっと重なり合っていて、無駄な言葉、お世辞の言葉は使わず、納得のいく言葉を話す人だった」。自ら「悪文」というやや武骨な文章ではあるが、そこに屈折した叙情性があふれるのが犀星文学である。それが年月を経ても忘れられないほどの印象を残し、リバイバルの背景ともなっている。(文化部 鵜飼哲夫) (2012年4月3日 読売新聞)
室生犀星文学賞 雨宝院で表彰式第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催)の表彰式が26日、金沢市の雨宝院で行われ、小説「二日月(ふつかづき)」で受賞した富山県砺波(となみ)市の南綾子さん(72)に、正賞の九谷焼の文鎮と副賞50万円の目録が読売新聞北陸支社の中川俊哉支社長から手渡された。南さんは「愛着ある作品が受賞できて光栄です」と語った。 (2012年3月27日 読売新聞)
「愛着ある作品うれしい」 犀星文学賞表彰式 南さん次回作に意欲も
中川俊哉北陸支社長(左)から表彰される南綾子さん(26日、金沢市千日町の雨宝院で)=細野登撮影
第1回室生犀星文学賞に輝いた砺波市の南綾子さん(72)は、金沢市千日町の雨宝院で開かれた表彰式で、「愛着がある作品にお褒めの言葉をいただき、とてもうれしい」と喜びを語った。26日は犀星の命日。会場には、犀星ファンや関係者ら約70人が集まり、最終選考委員の講評や南さんのあいさつに聞き入った。 表彰式では、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さんが「命日に祖父が育った雨宝院で表彰式が開かれたことを、祖父も母も野田山(墓地)で喜んでいると思います」と述べた。その後、読売新聞北陸支社の中川俊哉支社長が、正賞の九谷焼の文鎮と副賞50万円の目録を南さんに手渡した。 南さんはあいさつで、「(3月15日付本紙朝刊で)最終選考委員の方々の講評を読み、体全体を走り抜けた驚きと震えは、しばらく抑えることが出来なかった」と振り返り、時間の経過とともに喜びや感謝、戸惑いなどの感情がわき起こったことを披露。そのうえで、「お褒めの言葉を汚さぬように一歩一歩、歩んでいきたい」と次回作への意欲を示した。 高校生の頃から犀星ファンという金沢市御影町、自営業野村芳子さん(65)は「受賞作はお寺が舞台で犀星の作品と重なる。構成やストーリーの巧みさに驚いた」と絶賛。半世紀近く犀星を愛読しているという金沢市増泉、自営業八幡雄一郎さん(73)は「犀星の名を冠した賞をどんな人が受賞したか関心があり、会場に来ました。受賞作をぜひ読んでみたい」と話していた。 主催・読売新聞北陸支社、共催・金城学園、後援・金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット (2012年3月27日 読売新聞)
選考委員が見た犀星賞
室生犀星が幼少期を過ごした雨宝院
表彰式では、選考委員が犀星に対する思いや、受賞作の印象を語り、第1回室生犀星文学賞を振り返った。 室生犀星文学賞は、金沢市生まれの詩人・小説家、室生犀星(1889〜1962年)が26日に没後50年を迎えるのに合わせ、読売新聞北陸支社が発刊50周年を記念して創設した。第1回は、海外からの作品も含め925編が集まった。 表彰式が行われた雨宝院には、犀星ゆかりのものが多く残され、幼い犀星が見た風景を通して作品世界に浸ることができる。 先生との出会い思い出す…辻井喬さん
辻井喬さん
生まれて初めてもらった賞が、「室生犀星詩人賞」(1960年から7回開催)だった。第2回の受賞なので、おそらく生前の犀星先生(62年に死去)に会った最後の文学関係者かなと思う。授賞式が行われた銀座の中華第一樓に緊張して参ったのを今でも思い出す。南さんのあいさつを見て、私もああいう風だったのかな、と懐かしい思いがした。 南さんの作品は、構成といい、登場する人物の存在感といい、無理がなく自然に書かれており、将来に展望が開けるものだった。最後に残った7編のうちの3編ほどは、どの作品にしてもいいのではないかと大変迷ったが、加賀さんが推されて「二日月」に決まった。 犀星先生は「大きな作家」「天性の作家」というべき才能を生まれながらに持っていた。犀星先生とも金沢ともご縁が深くなり、幸せなことだと喜んでいる。 (作家) 年配の方の作品目立った…加賀乙彦さん
加賀乙彦さん
受賞作は過去の思い出が現在と重なる不思議な構成を持っており、展開が意外な方向に向かっていく。文章が非常に素直で、しかし謎めいた雰囲気をうまく表現している。読んだときに、とっくに作家として世に出ている人の小説じゃないかと思うほどだった。 最終選考には50代以上の方の作品が目立ったが、今の文学の世界では、若い人が作家を目指して書いている場合と、年配の方が自分の暇を文学の方に集中して、いい小説が出てくる場合と二極化している。 若い人の小説はありえない出来事を描くファンタジーのような作品が多いが、年配の方の小説は、自分の過去を振り返るような形の小説が見られる。その振り返り方は人によって異なるが、受賞作は格調高い文章と過去をよみがえらせる手法を用いており、象徴的な二日月が出てくるラストシーンが見事だった。(作家) 祖父の文学賞続くこと願う…室生洲々子さん
室生洲々子さん
祖父は野間文芸賞を受賞したときに賞金の一部を使い、自身で「室生犀星詩人賞」を創設したことがある。選考はほとんど一人で気ままにやっていた。 「生涯で室生犀星詩人賞を設ける空想が実現され、はなはだ本望であった」という文章も残している。第2回までは祖父が存命であり、その後は母が受け継ぎ、第7回まで続いた。その後、新しく賞を作る話をいただいたこともあるが、なかなか実現することができなかった。今回新しく祖父の文学賞が創設され、遺族としてうれしく思っている。 あとで知ったことだが、受賞者の南さんは室生家とも縁があり、大変驚いている。創設したときに500〜600編ほど応募があればと話していたが、ふたを開けたら925編、うれしい悲鳴をあげた。まだまだ始まったばかりで、これからも続くことを願っている。(室生犀星記念館名誉館長) 応募925編賞へ期待の表れ…小林弘子さん
小林弘子さん
925編という数字は、何よりも文学を愛好する全国の人たちが期待していることの表れだ。2次選考では、緊張しながら応募作品に臨んだ。犀星の作品は社会的に弱い人の不条理への反発を描いた点、魚や虫など小さな生き物をモチーフにしている点が特徴的。初めて受賞作「二日月」を読んだとき、文章に破綻が無く、書き慣れている印象を受けた。 受賞作の舞台がお寺であることから、雨宝院を舞台にした犀星の小説「性に眼覚める頃」を思い出した。犀星という名を冠している文学賞だったので、「二日月」の内容は犀星の文学をしっかり読んで理解しているという印象を受け、最終選考に送った。 ラストのシーンで月が登場し、題名「二日月」の付け方がうまいと思った。南さんはもちろんだが、落選した他の6人の方々の健筆を願っている。(室生犀星研究会会員、2次選考委員) 主催・読売新聞北陸支社、共催・金城学園、後援・金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット (2012年3月27日 読売新聞)
室生犀星文学賞に南さん第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催)は14日、富山県砺波市、無職南綾子さん(72)の小説「二日月(ふつかづき)」に決まった。表彰式は26日、金沢市の雨宝院で行われる。受賞作は、東京に住む料亭のおかみが主人公。高校の恩師の米寿を祝う会に出席するため、四十数年ぶりに北陸を訪れる。高校生3人だけで寺で過ごした当時を思い出し、思春期の揺れ動く心理が描かれている。 選考委員は、詩人で作家の辻井喬さん、小説家で精神科医の加賀乙彦さん、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さん。受賞作は「不思議な吸引力があり、リアリティーが割合保たれている」と評価された。南さんは「信じられない。気を引き締めて次作に取り組みたい」と語った。 同賞は短編小説と随筆が対象。金沢市生まれの犀星が今年、没後50年となるのを記念して読売新聞北陸支社が創設した。正賞は九谷焼の文鎮。副賞50万円。 (2012年3月15日 読売新聞)
思春期の揺らぎに焦点 犀星文学賞 南さんの「二日月」受賞「青天の霹靂だった」
室生犀星文学賞に輝いた南綾子さん(10日、砺波市で)=細野登撮影
「大人になると忘れられがちな、子どもから大人に移行する過程の心の揺らぎを描きたかった」。思春期の揺れ動く心理を描写した小説「二日月」で、第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催、金城学園共催)に輝いた砺波市、南綾子さん(72)が、受賞の喜びと作品に込めた思いを語った。表彰式は犀星の命日の26日、金沢市千日町の雨宝院で行われる。 受賞作は、東京に住む主人公・日名子のもとに高校時代の恩師の米寿を祝うクラス会の案内が届いたことをきっかけに、四十数年ぶりに北陸を訪れ、思春期の苦い記憶を思い出していく物語。母親に反発した日名子は家出をして、寺で姉と弟だけで暮らすきょうだいのもとに転がり込む。弟は無邪気に振る舞う日名子に抑えきれない衝動を抱くが、日名子はそれに気づかず、苦しめてしまったことを悔やむ様が描かれる。 南さんも主人公と同じ多感な時期を寺で暮らしたことがあり、その体験と犀星の「性に眼覚める頃」が重なり、物語を膨らませた。「現代ではそんな揺らぎの過程を経ずに、一足飛びに大人になってしまう。時間や物事の流れがあまりにも速く、大事なものを失っているのではないか」との思いを込めた。 受賞は「青天の霹靂だった」と語る南さん。幼少時代から図書館に通い、ドストエフスキーやツルゲーネフの作品を読みあさった。高校卒業後、東京で過ごしたOL時代は演劇学校にも通った。 小説を書き始めたのは約20年前。子育てが落ち着き、元新聞記者が主宰する文章教室に通ったことがきっかけだ。教室の生徒たちが寄せる同人誌には毎年作品を発表している。地元紙や文芸雑誌の文学賞に応募し、受賞したこともある。 南さんは全国の展覧会に足を運んだり、古典の勉強会に通ったりと趣味は多岐にわたる。受賞作ではパリで活躍した画家モディリアーニ(1884〜1920年)の絵が登場しており、こうした趣味は作品に生かされているという。 現在は、次の作品を執筆中で、東京で暮らしていた頃に出会った女性ホームレスが、その後どうなったのか、思いを巡らせながら筆を走らせている。 ◇ 全文は後日、石川、富山版とヨミウリ・オンライン「北陸発」で紹介します。 最終7編 3氏が審査
最終選考会議で話し合う(右から)加賀乙彦さん、辻井喬さん、室生洲々子さん(9日、本社で)
第1回室生犀星文学賞には、佐賀県を除く46都道府県から925編の応募が寄せられた。米国やフランスなど5か国に住む日本人からも応募があった。1次選考で95編に絞られ、2次選考を経て最終選考には7編が残った。 9日に読売新聞東京本社で行われた最終選考では、中川俊哉・北陸支社長が司会を務め、詩人で作家の辻井喬さん、精神科医で小説家の加賀乙彦さん、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さんの3人が審査に携わった。 最終選考に残った作品とあらすじ
将来性織り込み選考…辻井 喬さん
最後に残った七つの作品の中から受賞作を選ぶ作業はかなり難しかった。 その背後にはわが国の近現代文学史に燦として輝く室生犀星の名を冠する文学賞だから、それにふさわしい作品を選ばなければという気持ちがあった。 しかし、7作品とも短編としての文学的テーマがはっきりしているようには思えなかった。そこで基準を変えて、将来性という観点を導入することにした。 すると、南綾子、王石ゆらら、大野俊郎、小沢真理子の諸氏の作品が浮かんできた。『二日月』は最初から加賀乙彦さんが押していた作品だった。 もう一度、7作品の中で、どれが、登場人物の姿や形、作品の筋道がはっきりしているかを考えると、この南さんと王石さんの作品になった。王石さんの場合、犀星の幻想的な作品『蜜のあはれ』を想起させることがかえって不利になって、結果として受賞作は南綾子さんの『二日月』になった。 読後感鮮明な「二日月」…加賀乙彦さん
神楽坂の古い料亭の女将をしている日名子のもとに、突然、北陸のT高校からクラス会の通知が来る。5歳から12年間、その地に母と住んだ。高校3年の卒業近い冬に、母はとつぜん日名子を連れて東京に来て父の名字に改姓させる。父母が死んだあとも料亭を続け、すっかり北陸の高校のことなど忘れていた。 北陸に着くと、古い寺に住む友人とその弟、住職になった渓真との淡い恋愛を追憶するが、その男はその後結婚し、自殺して一冊のスケッチブックを残していた。日名子は幼くて男の求愛の心を見逃して東京に来てしまった。この過去の描写が簡潔だが、くっきりと書かれていて読後感も鮮明である。男の姉が日名子の同級生だが、彼女の強い性格も見事に書かれている。ふと男が新月のあとの二日月の刃物のような鋭い形に言及した思い出が、短編の締めとして、鋭く胸を突く。主人公の周囲の人物、両親も鮮明な印象を残していて、この作品を奥行深いものに仕上げている。 賞の創設 孫として感謝…室生洲々子さん
最終選考委員の一人、室生洲々子さんは今回の文学賞について、「このような賞を作っていただき、遺族としてたいへん感謝しています。11歳から92歳まで幅広い年齢層の多くの方々が自分を表現したいと思っていることに驚きました。選考作業は読み手として楽しく、勉強にもなりました。文学賞をきっかけに、犀星の作品に触れていただければ、うれしいです」と述べた。 主催・読売新聞北陸支社、共催・金城学園、後援・金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット (2012年3月15日 読売新聞)
最終選考に7編 命日の来月26日表彰式
応募作品を審査する2次選考委員(金沢市内で)
室生犀星文学賞の2次選考会議が金沢市内であった。応募総数は925編で、1次選考で絞り込まれた95編から、7編が最終選考に残った。 2次選考は、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さん、室生犀星研究会会員の小林弘子さん、森山啓文学賞選考委員の森松和風さん、読売新聞北陸支社の中川俊哉支社長が行った。 同文学賞は今年3月に、金沢市生まれの犀星が没後50年を迎えることから、読売新聞北陸支社が発刊50周年を記念して創設した。 最終選考は3月上旬に予定している。受賞作の全文は石川、富山県版とヨミウリ・オンライン(YOL)で掲載する。最終選考委員は詩人で作家の辻井喬さん、小説家で精神科医の加賀乙彦さん、室生洲々子さん。表彰式は犀星の命日である3月26日、金沢市千日町の雨宝院で行われる。 最終候補は次の通り(敬称略)。 「島へ帰る日」(千葉市中央区、大野俊郎)▽「スーパーアリーナの太陽」(さいたま市大宮区、氷川順)▽「帰郷」(東京都国立市、眞邉カンヌ)▽「二日月」(富山県砺波市、南綾子)▽「父の海」(富山県射水市、放生清華)▽「幻月」(茨城県笠間市、小沢真理子)▽「箱庭のゆめ」(金沢市、王石ゆらら) 主催・読売新聞北陸支社 (2012年2月4日 読売新聞)
第1回 室生犀星文学賞 1次選考作品一覧(95作品)※「作品名」作者(都道府県) [☆=本賞、◎=最終選考に残った作品]
(敬称略) 室生犀星文学賞 応募925編米仏など海外からも
全国から寄せられた室生犀星文学賞への応募作品(北陸支社で)
金沢市出身の詩人・小説家の名前を冠した第1回室生犀星文学賞の応募が締め切られ、925編が寄せられた。国内だけでなく、米国やフランスなど5か国に住む日本人からも応募があった。 内訳は男性58%、女性42%。都道府県別では東京都が20%と最も多く、次いで神奈川県の9%、埼玉県の8%と続く。地元の富山県からは52編、石川県からは48編が送付された。応募がなかったのは佐賀県だけだった。 年代別でみると、60歳台の22%、50歳台の21%が目立った。最高齢は92歳、最年少は11歳が2人いた。 室生犀星文学賞は2012年3月、犀星が没後50年を迎えるのを前に読売新聞北陸支社が創設した。 最終選考委員は詩人で作家の辻井喬さん、精神科医で小説家の加賀乙彦さん、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さんの3人。 表彰式は犀星の命日である2012年3月26日、金沢市の雨宝院で予定している。受賞作1点に賞金50万円が贈られる。 受賞作は読売新聞の北陸版とホームページで掲載する。 主催・読売新聞北陸支社 室生犀星文学賞 辻井喬さんら選考委員決定(2011/7/8読売文化面掲載記事)読売新聞北陸支社が創設した「室生犀星文学賞」の最終選考委員3人が決まった。 同文学賞は、金沢市出身の詩人で小説家、室生犀星(1889〜1962年)が来年3月、没後50年を迎えるのにあわせて創設された。最終選考委員は、詩人で作家の辻井喬さんと小説家の加賀乙彦さん、犀星の孫で「室生犀星記念館」(金沢市)名誉館長の室生洲々子さん。 同賞について、辻井さんは「我が国の近代文学のなかに確固とした地位を占め、強い影響力を与え続けている室生犀星の名を冠した文学賞が存在していなかったこと自体、不思議な現象であった」と感想を述べる。 加賀さんは「詩人として優れた作品を多く書いた室生犀星は、散文の世界でも独創に富んだ小説や随筆を残した。彼の名を冠した文学賞が創設されたことはまことに喜ばしい」と語る。 同文学賞の対象は未発表の短編小説か随筆で、受賞作1編に賞金50万円が贈られる。分量は400字詰め原稿用紙換算で50枚以内。小説のテーマは自由、随筆は「庭」。応募締め切りは今年11月末。応募先は〒933・8543 富山県高岡市下関町4の5 読売新聞北陸支社「室生犀星文学賞係」へ。 来年3月26日の犀星の命日に、金沢市千日町の雨宝院で表彰式が行われる。 (
2011年7月8日
読売新聞)
室生犀星文学賞の創設について、最終選考委員に寄稿していただいた。
辻井喬さん
辻井喬さん犀星にとっては詩と小説は同質の二つの文学の二つの現れ方だったように感じられて仕方がない。実はそんなところにも犀星文学の本質があるように私には思われるのだが、そのような大事な詩人作家の名を冠した賞が創設されたことはまことに喜ばしい。[全文へ]
加賀乙彦さん
加賀乙彦さん 詩人として優れた作品を多く書いた室生犀星は、散文の世界でも独創に富んだ小説や随筆を残した。かつて加賀藩の一部であった富山県高岡市で今回、彼の名を冠した文学賞が創設されたことは、まことに喜ばしい。 |
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