
読売新聞北陸支社は、金沢市生まれの詩人・小説家、室生犀星(1889〜1962)の没後50年を記念し、文学賞を2011年度に金城学園とともに創設しました。受賞者には正賞として九谷焼の文鎮と賞金50万円を贈ります。
応募作品 未発表の短編小説。テーマは自由。
応募規定 ・枚数は400字詰め原稿用紙50枚以内。ワープロ原稿の場合はA4サイズの用紙に縦書きで20字×20行で印刷すること。必ずページ数をふって、右肩を綴じてください。手書きも可。二重投稿はできません。
・必ず表紙をつけてください。題名、氏名(筆名の場合は本名も)、ふりがな、住所、電話番号、職業、生年月日、性別、メールアドレスを表紙に明記してください。
選考委員 辻井喬氏(詩人・作家)、 加賀乙彦氏(小説家・精神科医)、 室生洲々子氏(室生犀星記念館名誉館長)
締め切り 10月31日(当日消印有効)
応募先 〒933・8543 富山県高岡市下関町4の5読売新聞北陸支社「室生犀星文学賞係」
結果発表 2014年3月、読売新聞紙上で。全文は読売新聞石川版、富山版、ヨミウリオンライン「北陸発」で掲載します。
その他 受賞作品の著作権などは読売新聞社に帰属します。応募原稿は返却しません。選考に関する問い合わせには応じられません。
【主催】読売新聞北陸支社 【共催】金城学園 【後援】石川県、金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、報知新聞社 【協賛】北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット、福光屋、内外薬品
加賀
21世紀になる頃から街は変貌している。金沢市が事業主体となり、金沢三文豪の記念館が相次いでオープンした。城のある街の中心部には金沢21世紀美術館が開館、人の流れも大きく変わった。「ひがし」「
第2回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催、金城学園共催)の表彰式が26日、金沢市の雨宝院で行われ、小説「風が動く街」で受賞した埼玉県越谷市の緋野由意子(ひの・ゆいこ)さん(64)(本名・鈴木喜美=きみ=)に正賞の九谷焼の文鎮と副賞50万円の目録が読売新聞北陸支社の真鍋和彦支社長から手渡された。
緋野さんは「立派な賞をいただきとても光栄です。犀星の(存在の)大きさに身を引き締めています」と話していた。
第2回室生犀星文学賞に輝いた埼玉県越谷市の緋野由意子さん(64)は、犀星ゆかりの雨宝院(金沢市千日町)で開かれた表彰式で、「日本の文学史の中でも大きな犀星という名前を冠した賞をいただき、とても光栄です」と喜びを語った。
表彰式では読売新聞北陸支社の真鍋和彦支社長が「年を重ねられても文学への情熱を燃やし、花を咲かせた。これからも新たな作品にチャレンジして大きな花を咲かせてください」と祝福し、緋野さんに正賞の九谷焼の文鎮と副賞50万円の目録を手渡した。
「受賞の一報を聞いて、どんどん喜びがあふれてきた」とあいさつに立った緋野さんは受賞までの裏話を披露。パソコンの中には書き上げたまま、埋もれている作品がたくさんあり、受賞作の短編「風が動く街」もそうした作品で、かつ一番好きな作品だったという。「何とか日のあたる場所に出したい」という思いから犀星文学賞に出すことを決意した。
「最初は70枚ぐらいの作品だったが、思いきって削って、50枚にした。途中で諦めなくて良かった」と振り返り、「今回の受賞を励みに、今後も書き続けていきたい」と満面の笑みを見せた。
最終選考委員で作家の加賀乙彦さんや犀星の孫の室生洲々子さんら出席者から大きな拍手が起きた。
◇
受賞作「風が動く街」は都内の会社に勤める女性が亡くなった恋人の実家を訪ねる物語。全文はヨミウリオンライン「北陸発」のページで公開されている。
加賀乙彦さん「室生先生の詩に近い小説」
「受賞作は謎解きの要素があり、ぼやっと書いて、謎めいた落とし穴がある。人物の関係や独特の文体などが厚みがあり、それらは短編作品では大事だ。室生先生の詩にはものすごい力があって、人を引きつけていた。それに近い小説が出てきてうれしい思いだ。これからもいい小説を書いてほしい」
室生洲々子さん「祖父に女性連続受賞報告」
「24日に行った犀星忌で祖父に報告させていただいた。今回は日本だけではなく海外の幅広い年代からも応募があった。受賞作は想像力を働かせる作品だった。祖父は女性が好きで、昨年に続き女性が受賞し、祖父もあの世で喜んでいると思う」
受賞作のあらすじ
4日間の有給休暇の最終日、東京都内のリース会社に勤務する「わたし」の自宅の電話が鳴った。千葉の実家からだった。2年前に別れた幼なじみの敏也が死んでしまった。心ここにあらずの「わたし」は週末、故郷に戻り、敏也の実家の前で敏也の母と偶然出会う。そして、敏也の母が二人の結婚に反対していたことを知る。
第2回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催、金城学園共催)の受賞者が13日発表され、埼玉県越谷市の緋野由意子(ひのゆいこ)さん(64)(本名・鈴木喜美〈きみ〉)の小説「風が動く街」が選ばれた。表彰式は26日、金沢市の雨宝院で行われる。
受賞作は、別れた恋人の死を知らされた女性が、男性の実家を訪ねる物語。緋野さんは「文学史の中で大きな存在である犀星の名を冠した賞をいただくことになり、とてもうれしい」と話している。
同賞は室生犀星没後50年を記念し、読売新聞北陸支社が昨年度創設した未発表の短編小説が対象の文学賞。正賞は九谷焼の文鎮、副賞は50万円。
「いけるかなという気持ちと駄目かなという気持ちで半々だった」。孤独な女性が元恋人との関係をつづった短編小説「風が動く街」で、第2回室生犀星文学賞に輝いた埼玉県越谷市の緋野由意子さん(64)(本名・鈴木喜美)が、受賞の喜びと文章を書く楽しさを語った。
受賞作「風が動く街」は現在と過去を行き交う、重層的な構造をした小説。隠された真実を探りながら読み進める推理小説の様な趣もある。緋野さんは「詩的な表現を残し、余分な“ぜい肉”をそぎ落とすのに苦労した」と振り返る。最終選考では選考委員の加賀乙彦さんから「ストーリーがうまくまとまっていて、意識の流れの描写がうまい。第2部も期待できる作品だ」と評価された。
緋野さんは兵庫県明石市生まれ。幼い頃から読書に親しみ、大学では英米文学を学び、卒業論文は米国作家のナサニエル・ホーソンの代表作「緋文字」を論じた。これが長年使ってきたペンネームの由来だ。
「読むばかりで、文章を書き始めたのは結婚して子どもができてからだった」という緋野さん。30歳代後半に「このまま子育てで時間が過ぎて、年をとってしまいたくない」と思い、埼玉県越谷市で行われた文章教室に参加。原稿用紙3枚程度のエッセーから始まり、40歳頃には新人賞に応募するようになった。「初めて出した文芸誌の新人賞で1次審査を通過して、書くのがやめられなくなった」と振り返る。
今年1月の芥川賞で、黒田夏子さん(75)の史上最高齢受賞が話題となった。「黒田さんが頑張っているのを見て、勇気づけられた。いつかチャンスが巡ってくる。まだまだ大丈夫」と話し、「これからは自分と同じ世代の60歳代の女性を主人公に書いてみたい」と次回作の構想を明かした。
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表彰式は犀星の命日の26日、金沢市千日町の雨宝院で行われる。受賞作全文は後日、富山、石川版とヨミウリ・オンライン「北陸発」に掲載される。
今回の室生犀星文学賞には、565編の応募が寄せられた。国内に限らず、アイスランドなど4か国からも応募があり、16歳から88歳まで幅広い年代の力作が集まった。1次選考で68編に絞られ、2次選考を経て最終選考には5編が残った。
8日に読売新聞東京本社で行われた最終選考では、真鍋和彦・北陸支社長が司会を務め、小説家で精神科医の加賀乙彦さん、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さんの2人が審査を行った。選考委員の作家の辻井喬さんは体調不良のため欠席した。
主人公は東京のリース会社に勤める30歳代前半の女性。千葉の実家から幼なじみの男性が病死したという知らせが入る。主人公は男性と数年間交際していたが、男性から「実は他の女性と結婚する」と一方的に振られた過去を持っていた。
知らせを聞いて、実家のある房総半島に戻る主人公。男性の実家でお焼香をあげ、男性の母親から「息子はあなたと結婚したいと言っていた。それを私が反対した」と告げられる。
主人公が男性と結婚できなかった理由はなにか。過去と現在を行き来しながら、主人公の感情が丁寧に描写される。
室生犀星文学賞も第2回になった。今年は選者の一人、辻井喬さんが欠席されたため、室生洲々子さんと私の2人の選考となった。私は「風が動く街」が一番いいと思って選考会に出席したのだが、室生さんも同じ作品を選んでおられた。
主人公の若い女性の意中の人の病死で幕が開く。2人は小学校時代からの仲良しなのだが、2人の家庭、両親と子供の構成がよく似ている。作者はその家庭の秘密をぼんやりとした墨絵のように描いている。男の子の母と女の子の父との不倫のため、両方の家庭が病んでくる。男の子は恋人を持ち、子供をもったために、女の子から離れてしまう。男の子の父も家を出ていき、この家庭は崩壊する。このあたりのぼかしの技術がこの作者は優れている。
今年は最終選考に残った五つの作品のうち四つが女性のものであった。女性の文運興隆はめでたい。
選考委員会が無事に終わり、受賞作が決定してほっとしております。
2次選考では、「彩時季」が秀作という意見が多かったのですが、加賀乙彦先生と意見が一致し、「風が動く街」が受賞作となりました。どちらの作品も女性が書き手です。受賞された緋野さんは年を重ねられてもなお、若々しい感性をもっておられる女性だと思いました。次回作も期待したいです。
今年は565編と昨年より少なかったですが、すばらしい作品が多く、読み手として勉強になり、楽しく読ませていただきました。活字離れと言われていますが、作品の中から文学を愛する人たちの思いが感じられました。
犀星の遺族として、文学賞に関係してくださった皆様に心からのお礼と感謝を申し上げます。
| 作品名 作者(住所) | あらすじ |
|---|---|
| 「狐の待つ対岸」 湧永束 (長野市) |
離婚を告げられた男性が日常を離れ、山登りに行くが、山中で遭難。その中で、ある若い女性との出会いを幻想的に描く。 |
| 「肉の蕾」 牧野泰子(茨城県) |
双子の子どもと友人の交友を通して、炭酸水やガラス玉などの印象的な表現をちりばめ、双子の葛藤を描いた。 |
| 「虚 栄」 京一歩 (千葉県) |
スーパーマーケットのアルバイト男性の何気ない日常。その中で仕事場でのお客との触れ合いから明日への希望を見いだす。 |
| 「彩時季」 小川ままり(埼玉県) |
幼い頃に父母を亡くした主人公。義母の葬儀に訪れた義父と主人公との奇妙な関係と感情をつづる。 |
【主催】読売新聞北陸支社【共催】金城学園【後援】石川県、金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、報知新聞社【協賛】北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット、福光屋
第2回室生犀星文学賞の2次選考会が金沢市内で行われた。応募総数は565作品で、1次選考で絞り込まれた68作品から、5作品が最終選考に残った。
2次選考は、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さん、室生犀星研究会会員の小林弘子さん、森山啓文学賞選考委員の森松和風さん、読売新聞北陸支社の真鍋和彦支社長が行った。
最終選考会は3月上旬に予定している。最終選考委員は詩人で作家の辻井喬さん、小説家で精神科医の加賀乙彦さん、室生洲々子さん。表彰式は犀星の命日である同月26日、金沢市千日町の雨宝院で行われる。
同文学賞は金沢市生まれの犀星の没後50年を記念して読売新聞北陸支社が創設した。短編小説が対象で、受賞作1点に正賞の九谷焼の文鎮と賞金50万円が贈られる。受賞作の全文は石川、富山県版とヨミウリ・オンラインで掲載する。
最終候補は次の通り(敬称略)。
「狐の待つ対岸」(長野市、湧永束)▽「肉の蕾」(茨城県龍ヶ崎市、牧野泰子)▽「虚栄」(千葉県船橋市、京一歩)▽「風が動く街」(埼玉県越谷市、緋野由意子)▽「彩時季」(埼玉県草加市、小川ままり)
【主催】読売新聞北陸支社【共催】金城学園【後援】石川県、金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、報知新聞社【協賛】北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット、福光屋
(敬称略)
金沢市千日町の室生犀星記念館で室生犀星(1889〜1962)の手紙を紹介する企画展「家族への手紙」が開かれている。
展示では犀星が滞在先の軽井沢などから家族に宛てた手紙やはがきなど約90点を紹介。来年3月10日まで。入館料は一般300円、65歳以上200円、高校生以下無料。問い合わせは同館(076・245・1108)。
第2回室生犀星文学賞の応募が締め切られ、565編が集まった。国内だけでなく、アイスランドなど4か国からも応募があった。
応募者の内訳は男性62%、女性38%。都道府県別では東京都が19%と最も多く、次いで神奈川県の10%、埼玉県・千葉県の7%と続いた。石川県は30編、富山県は21編だった。
年代別にみると、60歳代が24%、50歳代が18%と高く、最高齢は88歳、最年少は16歳の高校生だった。
同文学賞は、室生犀星(1889年〜1962年)が没後50年を迎えるのを記念して、読売新聞北陸支社が創設した。対象は短編の小説で、受賞作1点に正賞の九谷焼文鎮と賞金50万円が贈られる。
第2回の表彰式は来年の命日である3月26日、金沢市の雨宝院で予定している。受賞作は読売新聞の石川、富山版とホームページに掲載する。
最終選考委員は詩人で作家の辻井喬さん、小説家で精神科医の加賀乙彦さん、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さんの3人。
主催・読売新聞北陸支社▽共催・金城学園▽後援・石川県、金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、報知新聞社▽協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット、福光屋
室生犀星記念館(金沢市千日町)で、開館10周年と犀星没後50周年を記念した企画展「小説家犀星の誕生―瀧田樗陰コレクションから―」が開かれている。11月18日まで。
室生犀星(1889〜1962年)は「抒情小曲集」などで詩人としての地位を確立した後、「中央公論」の編集長だった瀧田樗陰(1882〜1925年)の目にとまり、1919年に「幼年時代」で小説家デビューを果たす。展示では作家と編集者である2人の関係を示す直筆原稿や書簡など約60点を紹介している。
中でも県内初公開となる「性に眼覚める頃」の直筆原稿では、元の題名案「発生時代」から「性に眼覚める頃」に書き直した紙が貼られており、これは樗陰の提案によるものだった。後に犀星は自伝「弄獅子」で「瀧田氏は自身で『性に眼覚める頃』と題を改めた上、こういう題名は人の注意を惹くからともいうのであった」と回想している。
この他にも犀星没後50周年を記念した企画展が、田端文士村記念館(東京都北区)、軽井沢高原文庫(長野県軽井沢町)など全国の文学館で開かれている。
室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社、金城学園共催)の最終選考委員を務める作家の辻井喬さんの講演会が10日、東京・千代田区の内幸町ホールで開かれ、約100人を前に、犀星について語った。
辻井さんは「自分の感じたことを素直に作品にしている。人生に対して、はすに構えていない」と犀星の作品の特長と魅力を紹介した。自身が室生犀星詩人賞を富岡多恵子さんと共に受賞した際、賞金が半分になったと富岡さんに言われ、謝った裏話なども披露した。
後半は室生犀星学会理事の大森盛和さんと対談し、犀星の女性へのあこがれなどについて語り合った。講演会は、よみうりカルチャーと読売新聞北陸支社が共催した。
講演を聞いた千葉県野田市、添野博さん(77)は「犀星をよく知る人は、人生をよく知ることになるという話が印象的でした」と話していた。
室生犀星の小説「杏っ子」のモデルにもなった長女でエッセイストの室生朝子(故人)を特集した企画展「杏っ子 その生涯」が、金沢市千日町の室生犀星記念館で開かれている。
8月で開館10周年を迎える同館の開館に尽力し、心待ちにしながらも直前に亡くなった彼女を偲(しの)ぼうと企画された。
朝子は1923年に生まれ、父・犀星の傍らで生活を見守り続けた。「君はいずれ何時か、わしのことを書かねばなるまい。君にあげる何よりも、大きい遺産になるね」という言葉を掛けられていた朝子。その言葉通り、62年の犀星没後に文筆活動を本格的に始め、娘の視点で犀星を描いた「父室生犀星」など数多くの著作を残した。
犀星の業績を世に伝えることに心血を注いだ。犀星を研究する上で欠かすことのできない、作品を年代順に並べた「室生犀星文学年譜」と、全ての著書の書誌情報や収録作品の初出誌が記録された「室生犀星書目集成」は、朝子の地道な調査によって編集された。全国の文学館や図書館、新聞社などに自ら足を運び、約7000点もの作品を集めて一つひとつのデータを並べ、全集の刊行にも役立てたという。
釣りや料理など趣味にも生き、エッセー「鯛(たい)の鯛」や、講演などで各地を訪ね歩くうちに興味を持った石仏や古寺、名所を取り上げた「私の釣りの旅」などを著した。
今回の企画展では、これらの著作や原稿、犀星と朝子の間でやりとりされた手紙などを見ることができる。
また同館1階では現在、昨年度、第1回目が行われた「室生犀星文学賞」(読売新聞北陸支社主催)の正賞として贈られた九谷焼の文鎮「川蝉(かわせみ)」が展示されている。
10月14日まで。会期中無休。午前9時半〜午後5時。一般300円(20人以上の団体は250円)、65歳以上200円、高校生以下無料。問い合わせは同館(076・245・1108)。
第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催、金城学園共催)を受賞した小説「二日月」=写真=が29日、電子書籍としてオンライン書店「本よみうり堂デジタル」で発売される。価格は100円(税別)。発行元は中央公論新社で、「中公100円eブックス」シリーズの1冊。
「二日月」は、富山県砺波市在住の南綾子さん(72)の作品。主人公は東京に住む料亭のおかみ。高校の恩師の米寿を祝う会に出席するため、四十数年ぶりに北陸を訪れ、高校生3人だけで寺で過ごした当時を思い出す。思春期の揺れ動く心理が描かれ、選考委員の加賀乙彦さんから「不思議な吸引力がある」と評価された。
「本よみうり堂デジタル」は読売新聞社の会員サイトで、IDを登録してから利用できる。現在対応しているのは、ウィンドウズ・パソコンと米・グーグルの基本ソフト「アンドロイド」を搭載したスマートフォン。クレジットカードで決済する。読売新聞の連載をまとめたオリジナル電子書籍や、中央公論新社など主要出版社の文芸、実用書など約4万点を集めている。
室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催、金城学園共催)の第1回受賞者・南綾子さん(富山県砺波市)に贈られた正賞と同じ文鎮が25日、金沢市に寄贈された。
文鎮は九谷焼作家の武腰潤さんが製作したもので、表面につがいのカワセミが色鮮やかに描かれている。
この日は市役所で、武腰さんや金城学園の加藤真一副理事長が同席し、読売新聞北陸支社の真鍋和彦支社長が山野之義市長に文鎮を手渡した。山野市長は「文学賞をきっかけに、(市内の)室生犀星記念館にも多くの人に来てもらいたい」と話した。
同文学賞は金沢市生まれの室生犀星(1889〜1962)が今年没後50年となるのを記念し、北陸支社が創設。第1回募集では国内外から925編の作品が寄せられた。現在、第2回の募集が行われている。
◆芥川が贈った「支那游記」「湖南の扇」
室生犀星記念館(金沢市千日町)で芥川龍之介(1892〜1927年)から室生犀星に宛てた署名本が公開されている。2人の交友を示す数少ない資料で、芥川生誕120年、犀星没後50年を記念し、同館では初の展示となった。
■図書館に寄贈
芥川は犀星より3歳年下だが、犀星が第一詩集「愛の詩集」を発表するより早く、「羅生門」(1915年)、「鼻」(16年)などで新進気鋭の作家として注目を浴びていた。18年1月にある会合で言葉を交わして以来、2人の交流が始まった。24年8月には軽井沢で同じ旅館に宿泊するなど友情を深め、執筆の面でも古典に取材した芥川の作風が、犀星に影響を与えている。
27年7月24日に芥川が自殺すると、犀星はすぐにしのぶ文章を執筆し、同27日には「読売新聞」に掲載された。芥川賞が35年に創設されると選考委員となり、42年まで務めた。
今回の展示では芥川が犀星に贈った署名入りの著書「支那游記」「湖南の扇」の2冊が展示されている。犀星は32年に金沢から東京に転居したが、その際に蔵書のほとんどを古書店に売り払ったり、知人に譲ったりしていた。この2冊のサイン本は、県立図書館に寄贈された数少ない蔵書で、裏表紙には犀星の署名で「図書館に献ず 犀」と記されている。
■7月上旬まで
同館の嶋田亜砂子学芸員は「2人の友情とともに、犀星が芥川を後世に残すべき作家だと強く思っていたことがうかがえる」と話している。
展示は7月上旬までの予定。芥川から犀星に宛てた書簡なども展示している。
入館料は一般300円、65歳以上200円、高校生以下無料。問い合わせは同館(076・245・1108)まで。
金沢市生まれの詩人・小説家、室生犀星の没後50年を記念して、読売新聞北陸支社が創設した文学賞。今月から、第2回の作品を募集します。受賞作1点に正賞の九谷焼文鎮と賞金50万円を贈ります。
| 応募規定 |
対象は未発表の短編小説。テーマは自由。今回から随筆は募集しません。縦書きにしてA4判20字×20行で50枚以内。手書きも可。二重投稿はできません。受賞作品の著作権、出版権などは主催者に帰属。応募作品は返却しません。 必ず表紙をつけてください。題名、氏名(筆名の場合は本名も)、ふりがな、住所、電話番号、職業、生年月日、性別、メールアドレスを表紙に明記してください。 |
|---|---|
| 選考委員 | 作家の辻井喬、加賀乙彦の各氏と、室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子氏 |
| 締め切り | 10月31日(当日消印有効) |
| 応募先 | 〒933・8543 富山県高岡市下関町4の5 読売新聞北陸支社室生犀星文学賞係。 |
| 結果発表 | 2013年3月、読売新聞紙上で。全文は石川版、富山版で掲載します。 |
【主催】読売新聞北陸支社 【共催】金城学園 【後援】石川県、金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、報知新聞社 【協賛】北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット、福光屋
「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」などの詩が今も愛唱される詩人で小説家の室生犀星(1889〜1962)が今年没後50年となり、注目されている。
不義の子に生まれ、生後すぐ生母と生き別れた犀星は、恵まれない女性、小動物など弱きものに視座を向けた文学をつくった。戦後、文壇から遠ざかったが1955年、『随筆女ひと』がベストセラーになり、復活する。金沢市の室生犀星記念館で開催中の企画展「終の輝き〜われはうたへども」(6月17日まで)は、読売文学賞を受けた『杏(あんず)っ子』、『我が愛する詩人の伝記』を中心に、晩年の活躍と終焉(しゅうえん)を紹介する。『随筆女ひと』の生原稿には、「女記」「閃めく人」「えもいわれざる」「閃めく女びと」「最初の最後の人」など題名が何度も書いては消され、「女ひと」に決まる経緯がわかる。「楽なものは一枚でも書いてはならぬ」と自戒していた作家の姿勢が強烈に伝わる。
51回目の命日に当たる3月26日には、犀星文学アルバム『切なき思ひを愛す』(菁柿堂(せいしどう))=写真=が発行され、第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催)の表彰式が、犀星の育った金沢市の犀川べりの雨宝院で行われた。作家の知名度もあり、全国から925編が集まった。
これまであまり光の当たらなかった作品の復刊や映像化も近年の傾向だ。老作家と女性編集者の交流を描く犀星原作の「火の魚」が3年前、テレビドラマ化された。実体験をもとに、早世した愛児との死後の交流を描く「童子」「後の日の童子」は4年前、ちくま文庫『室生犀星集 童子――文豪怪談傑作選』に収録され、これも「後の日」としてドラマ化された。
犀星は芥川龍之介と親交が深く、関東大震災の体験記を残す時代の証言者でもあった。この側面を伝える作品集『深夜の人・結婚者の手記』(講談社文芸文庫)も最近出版された。
金沢市内の講演会で3月25日、歌人の岡野弘彦さんは、師の折口信夫と親交のあった犀星の思い出を語った。「口数は少なく、ちょっととっつきにくかったけれど、言葉と言葉がぴたっと重なり合っていて、無駄な言葉、お世辞の言葉は使わず、納得のいく言葉を話す人だった」。自ら「悪文」というやや武骨な文章ではあるが、そこに屈折した叙情性があふれるのが犀星文学である。それが年月を経ても忘れられないほどの印象を残し、リバイバルの背景ともなっている。(文化部 鵜飼哲夫)
第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催)の表彰式が26日、金沢市の雨宝院で行われ、小説「二日月(ふつかづき)」で受賞した富山県砺波(となみ)市の南綾子さん(72)に、正賞の九谷焼の文鎮と副賞50万円の目録が読売新聞北陸支社の中川俊哉支社長から手渡された。南さんは「愛着ある作品が受賞できて光栄です」と語った。
第1回室生犀星文学賞に輝いた砺波市の南綾子さん(72)は、金沢市千日町の雨宝院で開かれた表彰式で、「愛着がある作品にお褒めの言葉をいただき、とてもうれしい」と喜びを語った。26日は犀星の命日。会場には、犀星ファンや関係者ら約70人が集まり、最終選考委員の講評や南さんのあいさつに聞き入った。
表彰式では、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さんが「命日に祖父が育った雨宝院で表彰式が開かれたことを、祖父も母も野田山(墓地)で喜んでいると思います」と述べた。その後、読売新聞北陸支社の中川俊哉支社長が、正賞の九谷焼の文鎮と副賞50万円の目録を南さんに手渡した。
南さんはあいさつで、「(3月15日付本紙朝刊で)最終選考委員の方々の講評を読み、体全体を走り抜けた驚きと震えは、しばらく抑えることが出来なかった」と振り返り、時間の経過とともに喜びや感謝、戸惑いなどの感情がわき起こったことを披露。そのうえで、「お褒めの言葉を汚さぬように一歩一歩、歩んでいきたい」と次回作への意欲を示した。
高校生の頃から犀星ファンという金沢市御影町、自営業野村芳子さん(65)は「受賞作はお寺が舞台で犀星の作品と重なる。構成やストーリーの巧みさに驚いた」と絶賛。半世紀近く犀星を愛読しているという金沢市増泉、自営業八幡雄一郎さん(73)は「犀星の名を冠した賞をどんな人が受賞したか関心があり、会場に来ました。受賞作をぜひ読んでみたい」と話していた。
主催・読売新聞北陸支社、共催・金城学園、後援・金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット
表彰式では、選考委員が犀星に対する思いや、受賞作の印象を語り、第1回室生犀星文学賞を振り返った。
室生犀星文学賞は、金沢市生まれの詩人・小説家、室生犀星(1889〜1962年)が26日に没後50年を迎えるのに合わせ、読売新聞北陸支社が発刊50周年を記念して創設した。第1回は、海外からの作品も含め925編が集まった。
表彰式が行われた雨宝院には、犀星ゆかりのものが多く残され、幼い犀星が見た風景を通して作品世界に浸ることができる。
生まれて初めてもらった賞が、「室生犀星詩人賞」(1960年から7回開催)だった。第2回の受賞なので、おそらく生前の犀星先生(62年に死去)に会った最後の文学関係者かなと思う。授賞式が行われた銀座の中華第一樓に緊張して参ったのを今でも思い出す。南さんのあいさつを見て、私もああいう風だったのかな、と懐かしい思いがした。
南さんの作品は、構成といい、登場する人物の存在感といい、無理がなく自然に書かれており、将来に展望が開けるものだった。最後に残った7編のうちの3編ほどは、どの作品にしてもいいのではないかと大変迷ったが、加賀さんが推されて「二日月」に決まった。
犀星先生は「大きな作家」「天性の作家」というべき才能を生まれながらに持っていた。犀星先生とも金沢ともご縁が深くなり、幸せなことだと喜んでいる。 (作家)
受賞作は過去の思い出が現在と重なる不思議な構成を持っており、展開が意外な方向に向かっていく。文章が非常に素直で、しかし謎めいた雰囲気をうまく表現している。読んだときに、とっくに作家として世に出ている人の小説じゃないかと思うほどだった。
最終選考には50代以上の方の作品が目立ったが、今の文学の世界では、若い人が作家を目指して書いている場合と、年配の方が自分の暇を文学の方に集中して、いい小説が出てくる場合と二極化している。
若い人の小説はありえない出来事を描くファンタジーのような作品が多いが、年配の方の小説は、自分の過去を振り返るような形の小説が見られる。その振り返り方は人によって異なるが、受賞作は格調高い文章と過去をよみがえらせる手法を用いており、象徴的な二日月が出てくるラストシーンが見事だった。(作家)
祖父は野間文芸賞を受賞したときに賞金の一部を使い、自身で「室生犀星詩人賞」を創設したことがある。選考はほとんど一人で気ままにやっていた。
「生涯で室生犀星詩人賞を設ける空想が実現され、はなはだ本望であった」という文章も残している。第2回までは祖父が存命であり、その後は母が受け継ぎ、第7回まで続いた。その後、新しく賞を作る話をいただいたこともあるが、なかなか実現することができなかった。今回新しく祖父の文学賞が創設され、遺族としてうれしく思っている。
あとで知ったことだが、受賞者の南さんは室生家とも縁があり、大変驚いている。創設したときに500〜600編ほど応募があればと話していたが、ふたを開けたら925編、うれしい悲鳴をあげた。まだまだ始まったばかりで、これからも続くことを願っている。(室生犀星記念館名誉館長)
925編という数字は、何よりも文学を愛好する全国の人たちが期待していることの表れだ。2次選考では、緊張しながら応募作品に臨んだ。犀星の作品は社会的に弱い人の不条理への反発を描いた点、魚や虫など小さな生き物をモチーフにしている点が特徴的。初めて受賞作「二日月」を読んだとき、文章に破綻が無く、書き慣れている印象を受けた。
受賞作の舞台がお寺であることから、雨宝院を舞台にした犀星の小説「性に眼覚める頃」を思い出した。犀星という名を冠している文学賞だったので、「二日月」の内容は犀星の文学をしっかり読んで理解しているという印象を受け、最終選考に送った。
ラストのシーンで月が登場し、題名「二日月」の付け方がうまいと思った。南さんはもちろんだが、落選した他の6人の方々の健筆を願っている。(室生犀星研究会会員、2次選考委員)
主催・読売新聞北陸支社、共催・金城学園、後援・金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット
第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催)は14日、富山県砺波市、無職南綾子さん(72)の小説「二日月(ふつかづき)」に決まった。表彰式は26日、金沢市の雨宝院で行われる。受賞作は、東京に住む料亭のおかみが主人公。高校の恩師の米寿を祝う会に出席するため、四十数年ぶりに北陸を訪れる。高校生3人だけで寺で過ごした当時を思い出し、思春期の揺れ動く心理が描かれている。
選考委員は、詩人で作家の辻井喬さん、小説家で精神科医の加賀乙彦さん、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さん。受賞作は「不思議な吸引力があり、リアリティーが割合保たれている」と評価された。南さんは「信じられない。気を引き締めて次作に取り組みたい」と語った。
同賞は短編小説と随筆が対象。金沢市生まれの犀星が今年、没後50年となるのを記念して読売新聞北陸支社が創設した。正賞は九谷焼の文鎮。副賞50万円。
「大人になると忘れられがちな、子どもから大人に移行する過程の心の揺らぎを描きたかった」。思春期の揺れ動く心理を描写した小説「二日月」で、第1回室生犀星文学賞(読売新聞北陸支社主催、金城学園共催)に輝いた砺波市、南綾子さん(72)が、受賞の喜びと作品に込めた思いを語った。表彰式は犀星の命日の26日、金沢市千日町の雨宝院で行われる。
受賞作は、東京に住む主人公・日名子のもとに高校時代の恩師の米寿を祝うクラス会の案内が届いたことをきっかけに、四十数年ぶりに北陸を訪れ、思春期の苦い記憶を思い出していく物語。母親に反発した日名子は家出をして、寺で姉と弟だけで暮らすきょうだいのもとに転がり込む。弟は無邪気に振る舞う日名子に抑えきれない衝動を抱くが、日名子はそれに気づかず、苦しめてしまったことを悔やむ様が描かれる。
南さんも主人公と同じ多感な時期を寺で暮らしたことがあり、その体験と犀星の「性に眼覚める頃」が重なり、物語を膨らませた。「現代ではそんな揺らぎの過程を経ずに、一足飛びに大人になってしまう。時間や物事の流れがあまりにも速く、大事なものを失っているのではないか」との思いを込めた。
受賞は「青天の霹靂だった」と語る南さん。幼少時代から図書館に通い、ドストエフスキーやツルゲーネフの作品を読みあさった。高校卒業後、東京で過ごしたOL時代は演劇学校にも通った。
小説を書き始めたのは約20年前。子育てが落ち着き、元新聞記者が主宰する文章教室に通ったことがきっかけだ。教室の生徒たちが寄せる同人誌には毎年作品を発表している。地元紙や文芸雑誌の文学賞に応募し、受賞したこともある。
南さんは全国の展覧会に足を運んだり、古典の勉強会に通ったりと趣味は多岐にわたる。受賞作ではパリで活躍した画家モディリアーニ(1884〜1920年)の絵が登場しており、こうした趣味は作品に生かされているという。
現在は、次の作品を執筆中で、東京で暮らしていた頃に出会った女性ホームレスが、その後どうなったのか、思いを巡らせながら筆を走らせている。
◇
全文は後日、石川、富山版とヨミウリ・オンライン「北陸発」で紹介します。
第1回室生犀星文学賞には、佐賀県を除く46都道府県から925編の応募が寄せられた。米国やフランスなど5か国に住む日本人からも応募があった。1次選考で95編に絞られ、2次選考を経て最終選考には7編が残った。
9日に読売新聞東京本社で行われた最終選考では、中川俊哉・北陸支社長が司会を務め、詩人で作家の辻井喬さん、精神科医で小説家の加賀乙彦さん、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さんの3人が審査に携わった。
| 作品名 | あらすじ |
|---|---|
| 「島へ帰る日」 (千葉市中央区、大野俊郎) |
鹿児島の沖永良部島に住んでいた祖母の葬儀のために帰郷した男性が、葬儀で出会った見知らぬ男性の死を通して祖母の思いを推し量る。 |
| 「スーパーアリーナの太陽」 (さいたま市大宮区、氷川順) |
福島県の海で東日本大震災に遭った19歳の漁師が、避難所を転々とし、避難先となった施設のあるさいたま市での生活をつづる。 |
| 「帰郷」 (東京都国立市、眞邉カンヌ) |
都内で知り合った「婆さん」とともに、若い男性が東日本大震災の被災地をドライブする。二人はお互いの過去を吐露しあう。 |
| 「父の海」 (富山県射水市、放生清華) |
富山湾沿いの漁師町で育った男性が母の法事のために久しぶりに帰郷し、漁師だった父が遭難したときを思い出し、父ゆかりの人を訪ね歩く。 |
| 「幻月」 (茨城県笠間市、小沢真理子) |
地方都市の医院に勤務する女性が俳句を通して院長に親近感を抱くが、別の人と見合い結婚し、離婚した半生を振り返る。 |
| 「箱庭のゆめ」 (金沢市、王石ゆらら) |
北国で暮らす高齢女性が、茶棚の奥から菓子の缶を見つけ、中から親指ほどの箱庭師が出てくる。季節ごとに女性の好きな風景が現れていく。 |
最後に残った七つの作品の中から受賞作を選ぶ作業はかなり難しかった。
その背後にはわが国の近現代文学史に燦として輝く室生犀星の名を冠する文学賞だから、それにふさわしい作品を選ばなければという気持ちがあった。
しかし、7作品とも短編としての文学的テーマがはっきりしているようには思えなかった。そこで基準を変えて、将来性という観点を導入することにした。
すると、南綾子、王石ゆらら、大野俊郎、小沢真理子の諸氏の作品が浮かんできた。『二日月』は最初から加賀乙彦さんが押していた作品だった。
もう一度、7作品の中で、どれが、登場人物の姿や形、作品の筋道がはっきりしているかを考えると、この南さんと王石さんの作品になった。王石さんの場合、犀星の幻想的な作品『蜜のあはれ』を想起させることがかえって不利になって、結果として受賞作は南綾子さんの『二日月』になった。
神楽坂の古い料亭の女将をしている日名子のもとに、突然、北陸のT高校からクラス会の通知が来る。5歳から12年間、その地に母と住んだ。高校3年の卒業近い冬に、母はとつぜん日名子を連れて東京に来て父の名字に改姓させる。父母が死んだあとも料亭を続け、すっかり北陸の高校のことなど忘れていた。
北陸に着くと、古い寺に住む友人とその弟、住職になった渓真との淡い恋愛を追憶するが、その男はその後結婚し、自殺して一冊のスケッチブックを残していた。日名子は幼くて男の求愛の心を見逃して東京に来てしまった。この過去の描写が簡潔だが、くっきりと書かれていて読後感も鮮明である。男の姉が日名子の同級生だが、彼女の強い性格も見事に書かれている。ふと男が新月のあとの二日月の刃物のような鋭い形に言及した思い出が、短編の締めとして、鋭く胸を突く。主人公の周囲の人物、両親も鮮明な印象を残していて、この作品を奥行深いものに仕上げている。
最終選考委員の一人、室生洲々子さんは今回の文学賞について、「このような賞を作っていただき、遺族としてたいへん感謝しています。11歳から92歳まで幅広い年齢層の多くの方々が自分を表現したいと思っていることに驚きました。選考作業は読み手として楽しく、勉強にもなりました。文学賞をきっかけに、犀星の作品に触れていただければ、うれしいです」と述べた。
主催・読売新聞北陸支社、共催・金城学園、後援・金沢市、テレビ金沢、中央公論新社、協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット
室生犀星文学賞の2次選考会議が金沢市内であった。応募総数は925編で、1次選考で絞り込まれた95編から、7編が最終選考に残った。
2次選考は、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さん、室生犀星研究会会員の小林弘子さん、森山啓文学賞選考委員の森松和風さん、読売新聞北陸支社の中川俊哉支社長が行った。
同文学賞は今年3月に、金沢市生まれの犀星が没後50年を迎えることから、読売新聞北陸支社が発刊50周年を記念して創設した。
最終選考は3月上旬に予定している。受賞作の全文は石川、富山県版とヨミウリ・オンライン(YOL)で掲載する。最終選考委員は詩人で作家の辻井喬さん、小説家で精神科医の加賀乙彦さん、室生洲々子さん。表彰式は犀星の命日である3月26日、金沢市千日町の雨宝院で行われる。
最終候補は次の通り(敬称略)。
「島へ帰る日」(千葉市中央区、大野俊郎)▽「スーパーアリーナの太陽」(さいたま市大宮区、氷川順)▽「帰郷」(東京都国立市、眞邉カンヌ)▽「二日月」(富山県砺波市、南綾子)▽「父の海」(富山県射水市、放生清華)▽「幻月」(茨城県笠間市、小沢真理子)▽「箱庭のゆめ」(金沢市、王石ゆらら)
主催・読売新聞北陸支社
共催・金城学園
後援・金沢市、テレビ金沢、中央公論新社
協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット
(敬称略)
金沢市出身の詩人・小説家の名前を冠した第1回室生犀星文学賞の応募が締め切られ、925編が寄せられた。国内だけでなく、米国やフランスなど5か国に住む日本人からも応募があった。
内訳は男性58%、女性42%。都道府県別では東京都が20%と最も多く、次いで神奈川県の9%、埼玉県の8%と続く。地元の富山県からは52編、石川県からは48編が送付された。応募がなかったのは佐賀県だけだった。
年代別でみると、60歳台の22%、50歳台の21%が目立った。最高齢は92歳、最年少は11歳が2人いた。
室生犀星文学賞は2012年3月、犀星が没後50年を迎えるのを前に読売新聞北陸支社が創設した。
最終選考委員は詩人で作家の辻井喬さん、小説家で精神科医の加賀乙彦さん、犀星の孫で室生犀星記念館(金沢市)名誉館長の室生洲々子さんの3人。
表彰式は犀星の命日である2012年3月26日、金沢市の雨宝院で予定している。受賞作1点に賞金50万円が贈られる。
受賞作は読売新聞の北陸版とホームページで掲載する。
主催・読売新聞北陸支社
共催・金城学園
後援・金沢市、テレビ金沢、中央公論新社
協賛・北陸カード、玉田工業、JR西日本、モバイルコムネット
読売新聞北陸支社が創設した「室生犀星文学賞」の最終選考委員3人が決まった。
同文学賞は、金沢市出身の詩人で小説家、室生犀星(1889〜1962年)が来年3月、没後50年を迎えるのにあわせて創設された。最終選考委員は、詩人で作家の辻井喬さんと小説家の加賀乙彦さん、犀星の孫で「室生犀星記念館」(金沢市)名誉館長の室生洲々子さん。
同賞について、辻井さんは「我が国の近代文学のなかに確固とした地位を占め、強い影響力を与え続けている室生犀星の名を冠した文学賞が存在していなかったこと自体、不思議な現象であった」と感想を述べる。
加賀さんは「詩人として優れた作品を多く書いた室生犀星は、散文の世界でも独創に富んだ小説や随筆を残した。彼の名を冠した文学賞が創設されたことはまことに喜ばしい」と語る。
同文学賞の対象は未発表の短編小説か随筆で、受賞作1編に賞金50万円が贈られる。分量は400字詰め原稿用紙換算で50枚以内。小説のテーマは自由、随筆は「庭」。応募締め切りは今年11月末。応募先は〒933・8543 富山県高岡市下関町4の5 読売新聞北陸支社「室生犀星文学賞係」へ。
来年3月26日の犀星の命日に、金沢市千日町の雨宝院で表彰式が行われる。
室生犀星は生涯、詩と小説を並行して書き続けた。それはわが国では極めて珍しいケースなのだが、犀星の作品を読んでくると、それはごく自然な成り行きとして納得させられるのである。
この詩と散文の関係は、ある意味でわが国の近、現代文学の個性、社会のなかにおける文学の位相を明らかにする事柄だけに、これを犀星の言葉で辿ってみたい。
私と共に第二回室生犀星詩人賞を受けた富岡多恵子は、評伝『室生犀星』のなかの第三章「詩から小説へ」のなかで、「(前略)小説『あにいもうと』をきかっけにして小説家としての沈滞から脱して飛躍した、初期の濫作から十数年の長い沈滞期を過ごしてきていた。この十数年の間こそが、じつは犀星の小説家が詩人と闘っていた時期ではなかったのだろうか」と設問し、犀星自身の言葉として
「或る時期の僕は小説が書けないでいると、詩ばかり書いてゐてそれで僕を建て直しをしようとしたり、詩がかけなくなると詩の悪口をいふやうな気持ちで、小説のなかにはいり込んで行って鬱憤をはらしたりしていたが、これは二つのうちの孰方かともわかれないでいると、その孰方をも完成することができないといふふうに考えることがあった。(中略)小説は直接に生計への重い役目をもっていたし、詩はなにやら小説とは少し清いやうなところがあったしー」と続くのである。
ここで特徴的なことは、犀星が極めて自然な語り口で詩と小説を見比べていること、第二にどちらが上かとか本源的とかいうふうに考えていないことの二つである。わずかに、詩について「少し清いやうな」という感想を述べているが、これとて身分序列に触れたものではない。
犀星にとっては詩と小説は同質の二つの文学の二つの現れ方だったように感じられて仕方がない。だから、彼にとっては詩から小説へ移る、また詩へ戻るということはさして問題ではなかったのではないか。
実はそんなところにも犀星文学の本質があるように私には思われるのだが、そのような大事な詩人作家の名を冠した賞が創設されたことはまことに喜ばしいと言う他はないのである。
詩人として優れた作品を多く書いた室生犀星は、散文の世界でも独創に富んだ小説や随筆を残した。かつて加賀藩の一部であった富山県高岡市で今回、彼の名を冠した文学賞が創設されたことは、まことに喜ばしい。